はじめに:勇者ガチャから降りる
知人の会社が、エース級エンジニアに年収1800万円を提示したところ、「今の会社が2200万円に上げてくれたので残ります」と断られたそうです。
その2ヶ月後、別の会社が2500万円で引き抜いていきました。
採用市場で、優秀な人材を奪い合う。高額な報酬で引き抜く。祈るように定着を願う。そして気づいたら、さらに高い年収のオファーで去っていく。
この戦い方、そろそろ限界が見えてきました。
優秀なエンジニアの年収は、この5年で平均42%上昇しました。1000万円だった人材が1420万円に。1500万円だった人材が2130万円に。
それでも採用競争は激化する一方。運良く採用できても、より良いオファーが来れば去っていく。残された組織には、空白と、膨れ上がった人件費予算だけが残る。
しかも、優秀な人材ほど複数のオファーを常に抱えています。LinkedInのDMは毎日届く。カジュアル面談の打診は週に3件。いつでも転職できる状態です。
SSRを引けるかどうかに、会社の命運を賭けている。引けなければ負け。引けても、いつ手放すことになるかわからない。
ある日突然「今月末で退職します」と言われて、6ヶ月分の仕事が宙に浮く。引き継ぎ期間は2週間。新しい人を探すのに3ヶ月。採用できたとしても、キャッチアップに半年。
つまり、一人辞めるだけで、約1年分の遅延が発生します。
でも、ゲームの勝ち方は一つじゃありません。
ファイナルファンタジータクティクスというゲームを知っていますか?
このゲーム、最強キャラを一人育てるより、平均的なキャラ5人に最強装備を配った方が圧倒的に強いんです。レベル99の戦士1人より、レベル50の冒険者5人にエクスカリバーとエンハンスソードを持たせた方が、どんな敵も瞬殺できる。
レベル80の勇者を一人引くより、レベル30の冒険者数名に伝説のフル装備を持たせる方が、実は強い。
一人が倒れても、残りの4人が戦える。一人が抜けても、新しい冒険者に同じ装備を渡せばすぐに戦力になる。
強さの源泉が、人ではなく装備にある。
「テムパル」という概念があります。
韓国のネットスラングで、キャラクターの実力以上に装備の力で無双している状態を指します。リネージュというMMORPGで生まれた言葉です。本人のレベルは低いのに、装備が強すぎて格上の敵を蹴散らしていく。
テムパル(템빨)= テム(装備)+ パル(効果、力)の造語です。
これ、経営戦略として真面目に考える価値があると思うんです。
優秀な人材(レベル80の勇者)を奪い合うのではなく、普通の人材(レベル30の冒険者)に最強装備(AI・自動化ツール)を持たせて無双させる。
装備の力で、組織全体の戦闘力を底上げする。
これが、これから10年の経営戦略の核心になります。